001医師になるということ — 偏差値より適性を問う時代へ

目次

まえがき

第1章 医師の仕事とは何か

–最前線の現場に立ち続ける責任
–指揮官ではなく一兵卒としての医師
–医師の判断が人の命と人生を左右する

第2章 現場の医療とはどういうものか

–清潔で整ったとは言えない医療の現場の現実
–病者とともに苦しむ覚悟
–限界を感じ、逃げ出したくなる瞬間

第3章 医師に向いている人、向いていない人

–博愛と共感を持つ人が向いている
–「他人の世話を苦と思わない」人間性
–ストレスと絶望に耐える覚悟があるか

第4章 学力偏重の選抜は本当に必要か

–医療現場に高度な数学や物理は必要か
–トップ理系人材の医師集中は科学技術の損失
–科学者と臨床家は別の適性を持つ

第5章 適性を見極める教育と経験

–医師志望者に看護・介護の現場体験を
–模擬診療・患者対応訓練の制度化
–それでも医師を目指したい人こそ本物

第6章 日本医学校という構想

–医師養成を国家が担うべき理由
–学力と経済格差からの解放
–全国に校舎を配置し、医師の公平な養成を行う

第7章 臨床医と医学者を分けて考える

–医師免許を持つ研究者の役割
–山中教授のような進路
–研究者は大学医学部、臨床医は日本医学校へ

第8章 医師の全国配置と偏在解消

–医師は命のインフラである
–配属・診療科は希望制ではなく使命感で
–警察や消防と同じ公共性のある職業として

第9章 これからの医師教育のあるべき姿

–人間理解としての医学教育
–死・老い・苦しみに向き合う訓練
–チーム医療と謙虚なプロフェッショナリズム

終章 医師を志すあなたへ

–あなたはなぜ医師になりたいのか
–向いていないと感じたなら、それは敗北ではない
–命を預かる重さに、どう向き合うか

あとがき

本書は、著者の構想および原案に基づき、 OpenAIが提供する対話型AIツール「ChatGPT」の支援を受けて執筆・編集されました。 AIは構成整理、文章表現の調整、補足説明の提案などを行い、 著者の意図と判断に従って内容を整えています。 本書の思想・主張はすべて著者に帰属します。 

まえがき

今、医学部は日本でもっとも競争率の高い進学先のひとつとされ、多くの受験生が目指す「花形の道」となっています。社会的地位、安定した収入、そして知的職業としてのステータス。こうした魅力から、医師という職業に憧れを持つ若者が集まります。

しかし、現在の医学部受験、すなわち医師養成のシステムに、ある強い疑問を抱いております。「果たして、いま医学部に集まる若者たちは、本当に医師という職業に向いているのか?」

医師とは、人の命と正面から向き合い、苦しみや死、時には理不尽とも言える状況の中で判断と行動を求められる仕事です。治療の現場から逃げることはできず、時には一人で最前線に立ち、看護師やスタッフの指示を出しながら、自らの手で命を預かる覚悟が求められます。

この職業は、人の世話をすることに喜びを感じる人間にしか続けられません。高齢者、認知症患者、失禁した人、入浴もできず清潔とは言えない状態の人に対し、何度も説明し、接し続ける根気と共感のある人でなければなりません。

ところが、現在の医学部入試は、極めて高度な数学や物理といった学力でふるいにかけられています。これらの力は科学技術の研究には必要でも、医療現場ではほとんど使われません。むしろ、対話力や共感力、誠実さや柔軟さの方がはるかに重要です。

しかも、こうした理系の超優秀な学生が医師を目指す結果、AIや半導体、電子工学など、日本の将来を担うべき分野に優秀な人材が流れなくなっているという側面もあります。医療現場に向かない若者が医師になり、先端テクノロジーの開発に必要な若者が医療現場に出る—これは、個人にとっても国にとっても不幸なミスマッチではないでしょうか。

医師への道は、誰にでも開かれるべきではありません。高学歴者の特権でもありません。人の命に誠実に向き合い、どんな状況でも逃げずにそばに立ち続けようとする、そんな人間としての素質を持った人にこそ開かれるべき職業です。

この本は、医師という職業の本質を正直に語り、「自分は本当にこの道に向いているのか?」という問いに向き合ってもらうために書きました。

将来の医師が、他者の命に対して責任を負うに足る人間であってほしい。そして、社会がそのような人材を正しく選び、育てられる仕組みを作っていってほしい。そんな願いを込めて、この本を世に出します。

第1章 医師の仕事とは何か

1.最前線の現場に立ち続ける責任

医師は、どんな状況であっても治療の現場から逃げることが許されない職業です。患者の状態が急変したとき、深夜であっても、手術中に予想外の事態が起こったときでも、最後までその場に留まり、自らの判断で治療を完遂しなければなりません。

誰も代わってくれる人はいない。医師は、自分の決断と技術に、命の重さがすべてかかっていることを受け入れなければならないのです。

2.指揮官ではなく一兵卒としての医師

世間の多くは、医師を「偉い人」「命令する人」と考えているかもしれません。しかし、現場ではそのような立場ではありません。医師は、「スタッフを動かす指揮官」でありながら、自ら最も困難な作業にあたる「最前線の一兵卒」でもあります。

看護師や技師は医師の指示なしには動けません。だからこそ、医師は判断し、責任を取り、率先して動くことが求められます。結果に対する最終責任は全て医師にあるのです。

これは「権威」ではなく、「責任と犠牲を引き受ける覚悟」を意味します。チームを引っ張る者としての重圧と、現場に立つ者としての孤独―それが、医師という仕事の現実です。

3.医師の判断が人の命と人生を左右する

手術中、想定外の出血が起こったとき。病室で急変した患者が倒れたとき。救急搬送で生死の境にある人が運び込まれたとき。

その瞬間、誰も答えを持っていない。マニュアルも間に合わない。最終判断を下すのは、医師ただ一人です。

しかも、その判断の結果は、単に患者本人の生死だけでなく、家族、職場、地域、関わる人たちの未来の人生設計すべてに影響を与えます。

これは誇張ではありません。医師の一言、ひとつの選択が、人の運命を大きく変えてしまう。そのような場に、日常的に立ち会う職業なのです。

第2章 現場の医療とはどういうものか

1.清潔で整ったとは言えない医療の現場の現実

「病院」と聞くと、多くの人は白く清潔な空間、整ったベッドと設備、静かな雰囲気を思い浮かべるかもしれません。しかし、実際の医療現場は理想とはかけ離れていることが多いのです。

  • 高齢で失禁し、衣服や寝具に排泄物が付着している患者
  • 認知症により意味不明の言葉を叫び続ける患者
  • 精神的に不安定で暴れる患者
  • 長く入浴できず、身体や頭髪も汚れた状態の患者

こうした方々に、冷静に、丁寧に、差別なく接することができるかどうか。それが、医師としての資質を問われる第一歩です。

2.病者とともに苦しむ覚悟

医師とは、「人を治す」ことを目指す職業です。しかし、実際には、完全に治せる病気よりも、治しきれない病気、治りきらない患者の方が圧倒的に多いのが現実です。

慢性病、老衰、がんの終末期、精神疾患、難病、社会的孤立―医師はこれらと闘う患者たちと、最後まで伴走する役割を負っています。

自分では治せない現実に直面し、時には自分の無力さに打ちのめされる。それでも、そばに立ち続けるのが医師の仕事です。患者と同じ場所に立ち、共に苦しみ、共に考える姿勢がなければ務まりません。

3.限界を感じ、逃げ出したくなる瞬間

真剣に医師という職業に向き合えば向き合うほど、「限界だ」と感じる瞬間は何度も訪れます。

  • 手術中に予期せぬ合併症が起きたとき
  • 治療がすべて尽くされたにもかかわらず、患者が亡くなったとき
  • 激務とプレッシャーにより、自分自身の体調や心が崩れそうになったとき

それでも、目の前の患者が助けを求めている以上、医師は逃げることも投げ出すことも許されません。

このストレスに、耐えられるか?それは単に「強い心」を意味するのではなく、苦しみを受け止め、それでも立ち直ろうとする人間的なしなやかさの有無にかかっています。

第3章 医師に向いている人、向いていない人

1.博愛と共感を持つ人が向いている

医師に求められる最も重要な資質は、他者に対するまなざしです。それは「優しい」ということではありません。他人の痛みを自分の問題として感じられる想像力と誠実さのことです。

患者は、治療に対して必ずしも喜んでくれる人ばかりではありません。暴言を吐かれることもあります。理解してくれないこともあります。それでもなお、その人に医療を提供し続けられるか。それが、医師に求められる「博愛」と「共感」の意味です。

2.「他人の世話を苦と思わない」人間性

医療の現場とは、人の世話をする場所です。それも、礼儀正しい人だけではなく、何度説明しても理解できない人、怒りっぽい人、清潔が保てない人、家族関係が崩れている人、社会的に孤立している人など―― 生きづらさを抱えた人たちを受け止める空間です。

そうした人々を前にしたときに、「汚い」「面倒だ」「関わりたくない」と思ってしまう人には、医師という仕事は向いていません。

逆に、誰であっても分け隔てなく、自然に接し、支えたいと思える人には、この職業は大きな意味とやりがいを与えるでしょう。

3.ストレスと絶望に耐える覚悟があるか

医療現場では、患者の死、自分のミス、判断の限界、同僚との衝突、社会からの批判など、重く複雑なストレスに常にさらされます。

誰かの死を、自分の責任のように感じてしまうこともあります。時には「医者なんかになるんじゃなかった」と思う夜もあるでしょう。

それでも、この道を歩み続ける人たちは、「それでも、助けられる命がある」「支えられる人生がある」と信じて働き続けます。

ストレスを受け流すのではなく、乗り越える覚悟。絶望を知った上で、それでも他者のために動こうとする意志。

それが、医師に必要な人間的資質です。

第4章 学力偏重の選抜は本当に必要か

1.医療現場に高度な数学や物理は必要か

日本の医学部入試では、非常に難解な数学や物理が課されます。とくに国公立大学では、理系最上位の学力が求められ、東京大学や京都大学の理系学部と同等かそれ以上の競争となっています。

しかし、現場の医療でそれほど高度な数学や物理を必要とする場面はほとんどありません。

  • 微分積分を駆使して診療することはない
  • 相対性理論や量子力学の理解は患者を救うことには直結しない
  • 公式や定理を覚える力より、患者との会話を丁寧に交わせる力が重要

もちろん、基礎的な理系素養は必要ですが、「最も理数系に優れた人材」を医師に集中させる必要はないのです。

2.トップ理系人材の医師集中は科学技術の損失

日本は長らく「優秀な生徒は医学部へ」という風潮を続けてきました。その結果、AI、半導体、電子工学、宇宙開発などの最先端分野に人材が集まりにくくなっています。

  • 本来は先端科学技術の開発や理論研究に進むべき才能ある若者が、「医師になれば安定する」「親が安心する」「社会的に評価される」という理由で医師への道を選ぶ場合があります。

このような構造は、日本全体の科学技術力の低下にも関係しているのではないでしょうか。医師は確かに重要な職業ですが、すべての理系エリートが医師になるべきではありません。

3.科学者と臨床家は別の適性を持つ

「医学」と一言で言っても、研究者(医学者)と臨床医(現場の医師)はまったく違う役割を担います。

  • 研究者は、論理的な思考、独創的な着想、精密な実験計画が求められる
  • 臨床医は、人との信頼関係、説明力、共感、柔軟な判断が求められる

このように必要な能力が根本的に異なるにもかかわらず、選抜段階では同じ入試でふるいにかけられているのです。本来は、適性を見て進路を分けるべきであり、生物学、基礎医学系に特化した人が医学研究に、人間的な対応力に長けた人が臨床に進む仕組みが必要です。

第5章 適性を見極める教育と経験

1.医師志望者に看護・介護の現場体験を

どれだけ学力が高くても、医療の現場が自分に合うかどうかは、実際に体験しなければ分かりません。
そこで提案したいのが、医師志望者全員に一定期間、看護・介護の現場を体験させる制度です。

  • 高齢者施設での排泄介助や入浴補助
  • 病棟での患者との対話や身の回りの世話
  • 看護師・介護士との連携業務

これらの体験を通じて、「人の世話をすることに抵抗がないか」「病気で弱い人と自然に接することができるか」を見極めます。実際に接してみて、「自分には向いていない」「つらすぎる」と感じるなら、それは早期に進路を見直す貴重な機会になるでしょう。

極端かもしれませんが、看護師の資格を取った者に医学部受験をさせるというのも一つのアイデアです。

2.模擬診療・患者対応訓練の制度化

医学部入試や志望判定の段階で、模擬診療や患者ロールプレイを取り入れるべきです。

たとえば:

  • 高齢で理解力が下がった方への病状説明
  • 子どもへの声かけ
  • 理不尽な怒りをぶつける患者への対応
  • がんの告知に際しての態度や言葉遣い

こうしたシナリオを通して、人との向き合い方や感情の扱い方を見ることができます。面接のような「答えを用意して臨む試験」ではなく、その人の自然な対応を観察する場にするのです。

3.それでも医師を目指したい人こそ本物

看護・介護の現場を知り、模擬診療を経験し、人の死や老い、汚れや怒りと向き合った上で、それでもなお、「私は医師になりたい」と願う人。そのような人こそ、本当に医師に向いている人材だといえるのではないでしょうか。

苦しむ人を見て、自分も胸が痛む。それでも、「この人の力になりたい」と思える。それは学力とは無関係な、人間性に根ざした感情です。

医師を育てるために必要なのは、こうした「揺るぎない他者志向」を持つ人を見極め、育てる教育制度なのです。

第6章 日本医学校という構想

1.医師養成を国家が担うべき理由

医師は国家の命のインフラを支える専門職であり、その養成は本来、個別大学に委ねるべきものではなく、国家が責任をもって整備すべき領域です。

現在の制度では、大学ごとの偏差値競争と経済格差が「どんな人が医師になるのか」という問題に強く影響しており、学力や親の財力で「医師になれるかどうか」が大きく関係しているという現実があります。

医療が国民全体のものならば、医師もまた国民全体のために公平に育成されるべきです。そのために提案したいのが、日本医学校という全国統一の医師養成制度です。

2.学力と経済格差からの解放

日本医学校では、入学試験において学力だけでなく、人間性・適性・動機・現場経験を重視した選抜を行います。

  • 学費は国費で全額賄い、経済的事情で進学を諦める人を出さない
  • 私立医学部のような数千万円単位の授業料・寄付金を不要とする
  • 現場体験・介護実習・適性評価などを義務化

これにより、本当に医師にふさわしい人を、社会全体から公平に選び、育てる制度が実現できます。

3.全国に校舎を配置し、医師の公平な養成を行う

日本医学校は、一校ではなく、全国に分校を持つネットワーク型教育機関なのです。

  • 例:日本医学校東京校、大阪校、札幌校、福岡校、沖縄校など
  • 受験者は原則、居住地に近いキャンパスに配属
  • 教育内容は統一され、指導医やカリキュラムは全国で均質化

こうすることで、地域ごとの医師数のバランスも是正され、教育格差や配置の偏りも解消されていきます。

第7章 臨床医と医学者を分けて考える

1.医師免許を持つ研究者の役割

医学の世界には、「研究者としての医師(医学者)」と「現場の診療に従事する医師(臨床医)」が存在します。両者は同じ「医師免許」を持っていることもありますが、役割も働き方もまったく異なります。

医学研究者は、基礎医学・再生医療・ゲノム解析などに従事し、新しい治療法や診断技術を探求することを目的とします。その道を極めるためには、論理的思考力、継続的集中力、分析的才能が必要です。

その一方で、臨床医は患者と毎日向き合い、説明し、判断し、手を動かして命を救う現場の実践者です。両者は協力し合う関係にありますが、求められる適性は明らかに異なるのです。

2.山中教授のような進路

iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された山中伸弥教授も、もともとは整形外科医として臨床の場に立っていた医師でした。しかし、山中先生は、自らの医療手技の問題、患者への対応の葛藤を通じて、自分は臨床ではなく研究に向いていると感じ、進路を変えられ、素晴らしい業績を残されました。

このように、医師免許を持っていても、臨床の現場が合わないと感じることは自然なことです。むしろ、早い段階で自分の適性を見極め、研究に転向する判断は、社会にとっても本人にとっても望ましい道だといえるでしょう。

3.研究者は大学医学部、臨床医は日本医学校へ

今後の医学教育の構造としては、

  • 研究を志す人は、大学の医学部(基礎医学系)へ進学し、博士課程を通じて研究に従事
  • 臨床医を目指す人は、日本医学校で現場中心のカリキュラムを受け、医師国家資格を取得

というように、進路を明確に分ける制度設計が望まれます。

もちろん、両者の連携は不可欠です。しかし、「患者と向き合う力」と「分子やデータと向き合う力」は異なる才能であり、それを混同したまま医師選抜を続けることは、どちらにとっても不幸な結果を生みかねません。

第8章 医師の全国配置と偏在解消

1.医師は命のインフラである

医師という職業は、単に一人の専門職ではなく、社会全体の「命の基盤」を支える存在です。電気や水道、警察や消防と同じく、どこに住んでいても、誰であっても必要とする不可欠な公共的職能です。

にもかかわらず、現在の日本では、東京・大阪・福岡などの大都市に医師が集中し、山間部や離島、人口減少地域では深刻な医師不足が続いています。

これは、医師の数だけでなく、配置の自由放任による偏在が招いた構造的な問題です。

2.配属・診療科は希望制ではなく使命感で

現在、医師は自分の勤務地も診療科も、基本的に自分の意思で自由に選ぶことができます。そのため、外科や救急、小児科、産科などの「過酷で責任の重い科」は敬遠され、皮膚科や美容医療などの「働きやすく訴訟リスクの低い科」に人が集まる傾向があります。

この偏りを放置すれば、必要な場所に必要な医療が届かない、という本末転倒の事態に陥ります。

だからこそ、医師という公共的職能には、一定の範囲で配置と診療科のバランスを社会的に調整する仕組みが必要です。

  • 初期研修終了後に「地域勤務枠」を設ける
  • 医師登録時に全国レベルの「地域マッチング制度」を導入する
  • 人気診療科には定員制、不足診療科にはインセンティブ支援を行う

3.警察や消防と同じ公共性のある職業として

たとえば、警察官や消防士は、自分の配属先を自由には選べません。なぜなら職業として、“地域を守る義務”を担っているからです。

同じように、医師という職業も、「人の命を支える責任を負う」点で、最も公共性の高い専門職のひとつです。したがって、完全な自由選択ではなく、「社会が求めている場所に赴く」という原則に基づいて制度設計すべきです。

地域の子ども、高齢者、産婦、交通事故の被害者…… どの命も、同じように価値がある。そのすべてに、等しく医療が届くようにすることが、医師という職業の倫理的基盤でもあります。

第9章 これからの医師教育のあるべき姿

1.人間理解としての医学教育

これまでの医学教育は、科学的知識や技術の習得に重きを置いてきました。しかし、今後の医師教育に求められるのは、それだけではありません。医療が扱うのは「人間」です。であるならば、「人間を理解する教育」こそが、医学教育の土台であるべきです。

  • 患者の語りを傾聴する訓練
  • 倫理学や死生観、宗教観についてのディスカッション
  • 患者の病体験を出発点とする、物語に基づいた医療(ナラティブ・メディスン)

こうした教育を通じて、“人間を診る力”を育てることが必要です。

2.死・老い・苦しみに向き合う訓練

医師は、人の「回復」だけでなく、「死」にも日常的に直面します。時には、治せないこと、支えるしかないこと、ただ一緒にそばにいることしかできない瞬間もあります。それらに耐えるには、「医学知識」ではなく、人生観・死生観・人間観の深さが必要です。

  • 緩和ケアの導入
  • 遺族支援(グリーフケア)
  • 難病患者との対話実習
  • 看取りの現場への参加

これらを教育の中に組み込むことで、「人を救う医師」だけでなく、「人を支える医師」が育ちます。

3.チーム医療と謙虚なプロフェッショナリズム

現代の医療は、医師ひとりで成り立つものではありません。看護師、薬剤師、臨床工学技士、理学療法士、介護職、事務スタッフ…… 多職種連携によって成り立つ「チーム医療」こそが標準的な形態です。

医師には、高度な判断力だけでなく、他職種の意見を尊重し、謙虚に耳を傾ける態度が求められます。

そのため、医学生の段階から:

  • 看護学生との合同演習
  • チーム診療ロールプレイ
  • コミュニケーション技術の実技訓練

などを導入し、「ひとりの名医」ではなく「仲間の信頼に応える専門職」としての医師像を育てることが必要です。

終章 医師を志すあなたへ

1.あなたはなぜ医師になりたいのか

あなたは今、「医師になりたい」と考えています。その動機は、人を救いたいからでしょうか。安定した職業に就きたいからでしょうか。親や先生に勧められたからかもしれません。

どのような理由であっても構いません。しかし、もしこの本を最後まで読んでくださったのなら、あなたには、もう一度だけ自分に問いかけてほしいのです。

「自分は本当に、医師という仕事に向いているだろうか?」

2.向いていないと感じたとしても、それは敗北ではない

医師は、学力とか知識があることは必要ですが、より重要なことは命の重さを引き受ける覚悟のある人間です。

  • 逃げ出したくなる現場に、それでも留まれるか
  • 感謝されない苦労に耐えられるか
  • 他人の世話を、喜びと感じられるか
  • 自分の判断で、人の人生を左右する責任を持てるか

これらに対して、まだ自信がないと思っても構いません。大切なのは、「自分にその覚悟があるか」を正直に見つめることです。向いていないと感じたとしても、それは敗北ではありません。

もしあなたがこの道に進むなら、これから経験するであろう多くの葛藤、限界、喪失を、どうか「他人のせい」にせず、自分自身で受け止め、乗り越えようとする人であってください。

そして、どれほどつらくとも、目の前の患者にとって、あなたが最後の希望であるという事実を忘れないでください。

3.命を預かる重さに、どう向き合うか

医師になるということは、他人の命と人生に深く関わるという、極めて人間的で、重く、誇り高い職業を選ぶということです。

あなたがこの道を選ぶことで、一人でも多くの命が、一人でも多くの家族が、救われる未来が生まれるかもしれません。

その未来を託されるにふさわしい人であることを、どうか自分の力で明らかにしてください。

あとがき

本書では、現行の医学部入試と医師養成制度の課題を整理し、その改善の方向性を提案しました。学力重視の選抜方法は一定の合理性を持つ一方で、現場に必要な適性を十分に反映していない現状があります。このギャップは、医療の質や医師の配置の偏在といった社会的課題とも密接に関わっています。

提案した「適性評価の制度化」や「日本医学校構想」は、すぐに導入できるものではありません。しかし、将来の医療を支える人材を確保するためには、議論と試行を重ねながら制度の改善を進める必要があります。

医師は国家の命のインフラを担う存在であり、その養成は公共的視点から計画されるべきです。本書が、医師の適性や養成方法についての建設的な議論を促し、医療制度の持続的発展に資する一助となれば幸いです。

医師になるということ — 偏差値より適性を問う時代へ 

著者 竹川レオナ 

発行者 ララレオナ出版 

発行日 2025年8月12日 

本書は、著者の構想および原案に基づき、 OpenAIが提供する対話型AIツール「ChatGPT」の支援を受けて執筆・編集されました。 AIは構成整理、文章表現の調整、補足説明の提案などを行い、 著者の意図と判断に従って内容を整えています。 本書の思想・主張はすべて著者に帰属します。 

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